RE: 3章と4章(ルビ)のドラフト

木田さん

 手書きの場合、文字の字幅というのは、本来一定ではありません。文字によって異なります。書体・書法によって異なります。書き手によって異なります。書いた文字の個々の事例ごとに特殊異なります。同様に、文字と文字との間の空間の大きさと形も、上に述べた多様な文字の組み合わせにおいて異なります。このことは仮名だけでなく漢字についても言えます。一行中の文字数を揃えることは行われる場合がありますが、だからといってそれぞれの文字の字幅が均等になるわけでは必ずしもありません。書風によって字幅のダイナミックレンジに差異はあります。楷書と草書ではまったく異なりますが、楷書の場合も字幅が等しくなるわけではありません。草書の場合は、しばしば天衣無縫な形状で字幅が等しくなる可能性は偶然でもほとんどありません(半面、天衣無縫に見える文字を筆が含む墨の量を上手くコントロールしながら書くのには相応の技術が書き手には必要と思われますが)。そして手書きの文字は(扁額などの例外を除けば)、上から下に書かれました。また、仮名文字の場合には漢字の草書と同様、文字と文字とを連結させて連綿で書くことも行われました。

それに対して、活字の場合には、それぞれの文字の形を定型化する必要が生じただけでなく、ベタ組を前提にして、文字幅を統一することになりました。このため、文字の形は正方形の枠の中に、行儀よく収まるように限定され統制されることになりました。比較的文字の形が均斉な楷書の漢字の場合でも、例えば、手書きの場合には、法律の「法」のような字は縦長になり、「之」のような字は扁平になる傾向がありました。しかし、活字の場合には、文字が全角から食み出ないようにして、しかも文字の大きさが小さくならないようにし、特定の漢字の文字セット中の文字をすべて網羅しようとすると、「法」などの形は上下方向に圧縮せざるをえなくなりました。この活版におけるベタ組を前提とした文字の形の変形と画一化は、仮名文字の場合には、特に顕著となりました。横長の「へ」や縦長の「し」は、全角の枠内を充填するように丸い形になりました。

そのようにベタ組を前提にして、日本の活字ボディは等幅であるというだけではありません。横組みにも効率的に対応できるように、(新聞書体や英和辞典などで見られる長体仮名などの例外はありますが)正方形が標準的な活字ボディとなりました。とはいえ、活字の場合でも、縦組では、もともと手書き文字が縦書きだったこともあり、活字を配列した場合の文字と文字との間の空間の視覚的な不均等の程度は、比較的低い方でした。それでも、仮名の場合には、字間の物理的かつ視覚的な空間の不均等は明らかでした。例えば、次に例をあげます。

[時計, 挿絵 が含まれている画像  自動的に生成された説明][時計, 挿絵 が含まれている画像  自動的に生成された説明]

 ここでは、「あなたが」および末尾の「から」における文字と文字の間の空間に対して、「パリ」の前後、「パ」と「リ」の間、「い」と「て」との間、「て」と「か」の間の空間は広く見えます。このことは、文字の形、特にその文字の前後の形状は文字によって異なり多様であるにもかかわらず、字幅が等しく設定されていることに起因しています。ですから、和文における文字と文字の間の空間を視覚的に均等にする方法の一つとして、各文字(特に仮名文字)に固有の字幅を持たせること、その字幅の中に文字図形を適切なマージン(LSBとRSB、縦組みではTSBとBSB)とともに配置することが行われました。つまり仮名文字をプロポーショナルにするということです。

 ただし、プロポーショナルの文字にしてしまって、それがデフォルトになったら困るのです。あくまでデフォルトは等幅の文字で、プロポーショナルにする必要のあるときだけ、プロポーショナルにできないと困るのです。そのために、全角のボディとプロポーショナルのボディとの差分(offset)の情報を持たせるために考案されたのが、’palt’/’vpal’です。上の例に’vpal’を適用すると次のようになります。

[時計 が含まれている画像  自動的に生成された説明]

[時計 が含まれている画像  自動的に生成された説明]
欧文の場合と同様、プロポーショナルにしただけでは改善できない、個別の文字間の空間の不均等には、欧文と同様に’kern’/’vkrn’を用いることができます。

[テキスト  自動的に生成された説明]

 「ア」と「メ」との間隔の不均等が’vpal’でも解消できなかったので、左側の例では’vpal’を使っています。このように、和文における’palt’/’vpal’の使用と、’kern’/’vkrn’との使用とは、効率的に和文の詰め組を実現するために考案され、OpenTypeフォントで実装されてきました。



  *   1. サイズによる空きの調整:フォントが意図しているサイズ範囲を超えたサイズで使用すると、字間が開きすぎに見える。またより小さいサイズで使う場合にはより大きな字間が必要。これを補正するため。



 このことは、等幅のグリフをプロポーショナルにすることとは、別のことです。なぜなら、プロポーショナルにしても、文字サイズが大きくなればなるほど、視覚的には字間のスペースを小さくしたくなるからです。欧文でも同じことが言えます。逆にキャプションなどで6 ptとかの小さな文字で組む場合には、文字と文字との間を空けたくなります。通常、この文字サイズと文字間のスペースとの関係については、下記の2つの解決方法が採られています。



  1.  太さのバリエーションを持つ書体ファミリーにおいて、太いウェイトの書体は、字面(全角の中に文字図形が占有する面積)を大き目にデザインすることで、マージンを小さくして、相対的に他のウェイトよりも詰まるようにします。これは、太いウェイトは見出しなどの大きな文字サイズで用いられる傾向があることに基づいています。
  2.  組む時に、均等に字送りを狭く・あるいは広く調節する。これはいわゆるトラッキング(Tracking)と呼ばれ、写植時代の和文組版では「1歯詰め」などと呼んでいました。欧文の場合でも同様ですが、写植やデジタルフォントにおける多くの場合のように、文字サイズごとに最適化されたデザインのマスター(字母)を用意できない場合に、文字と文字の間の空間の調整に用いられました。ただし、和文の場合には、漢字のサイドベアリング(文字図形とボディとの間のマージン)は仮名と比較して狭いため、均等に字間を詰めると、漢字と漢字との間が詰まり過ぎる箇所が出現することが多くの場合避けられず、注意が必要です。



  *   2. グレートーンを揃えるため:読みやすさを重視すると、全角進行のリズムが重要になるが(ほんと?)、フォントによっては特に仮名部分の字間の大きさは不均一となることがある。字間を視覚的に均一にしグレートーンを揃えるために行う



「グレートーンを揃える」という目的だけを特記すべきではありません。濃度の均質さが目的なのではなく、視覚的に一貫性のある文字と文字との間の空間を得ることが目的だからです。これは、欧文組版でもいえることですが、組みあがりの濃度を均質にしすぎると、文字と文字とが織りなすリズムが損なわれ、単調(monotonous)に過ぎてしまうことがあります。そのような組みあがり結果は必ずしも好ましくも、読みやすくもありません。欧文組版の場合でも、かつて活版や写植時代の日本の欧文組版によく見受けられたようなワードスペース(単語間のスペース)が空きすぎるのを避けようとして(この意図そのものは良いのですが)、ワードスペースを狭くし過ぎてしまって、単調な組みあがりとなり、単語間を識別しにくくなって読みやすさを損ねる場合があります。



参考まで



山本太郎

Received on Monday, 8 July 2024 02:02:13 UTC