RE: 行長は全角の整数倍であらねばならないか

木田さん
コメントありがとうございます。


  *   この方法で指定されるのは、活字の胴体の断面の垂直方向(活字の印字面にある直立の文字図形の鏡像にとっての上下方向)の長さであって、
  *   特に仮想ボディが正方形でない場合、文字の進行方向に対する呼び名はあるんですか? 1.4 ではこれを「全角」と仮に定義し、行長は全角の整数倍、と説明しましたが、この説明で良いのかちょっと不安。

文字の進行方向は、グリフごとに固有の字幅を持つので(全角正方形で等幅のグリフはその特殊な場合でしかない)、文字の大きさの指定には関係しないと思います。
上の文は、より正確に書き直すと、次のようになると思います。

活字の胴体の断面の字詰め方向(現在の文字から次の文字へと進む、多くの場合、水平または垂直の方向)と直交する方向(活字の印字面にある直立の文字図形の鏡像にとっての横組み時は上下方向、縦組み時は左右方向)の長さであって

こちらの方が正確なのでこれに改めたいと思います。

     *   そのため、この「1歯詰め」の方法は、原理的に、ベタで組んだ場合でも文字によって文字と文字との視覚的な詰まり方に変化が生じる日本語組版では行うべきではない。
     *   この事情、欧文でも同じで、故に欧文ではトラッキングとカーニングの両方ある、という理解で正しいですか? とすると「日本語組版では」という括りは必要ですか?

そうではありません。欧文は通常、文字ごとに固有の字幅をもっています(プロポーショナル)。理想状態を考えた場合、プロポーショナルの字幅は、それぞれの文字に最適なスペーシングを提供します。しかし、書体デザイナーが想定した使用文字サイズの範囲を超えた文字サイズで使われた場合には、スペーシングを利用者側で調整する必要が生じます。その調整を可能にするために、字送り量の最小単位は、活字の時代よりも精細化されました(活字鋳造機のLinotypeやMonotypeなどは1/18 EMが最小単位でしたが、それが、写植になると1/54になり、1/432になり、現在はType 1, OpenType, TrueTypeでは1/1000, 1/2048へと変化し、さらに細かい単位も可能になっています)。欧文の場合には、字幅が決定するのは、LSB + 文字図形の幅 + RSBです。LSB (left side-bearing)とRSB (right side-bearing)は、各文字の前後の余白を決めていて、結果的に、文字の詰まり方を決めます。

トラッキングの方法にもいくつかあるようです。広く用いられている方法は、上記の最小単位を用いて例えば、全角の-20/1000詰める、などと指定します。詰める場合には負の値、空ける場合には正の値を指定します。それに対して、各文字の字幅に対する割合で、どれだけ詰める・空けるを指定する方法もあるようです(残念ながら、私はあまりお目にかかったことがありません)。

トラッキングを用いることで、キャプションのような小さな文字を、例えば5.5 ptの文字サイズで組んだ場合に、詰まり過ぎて見えたので、+15/1000トラッキングで空けようとか、タイトルを36 ptで組んだらパラついて見えたので、-40/1000詰めようとか、大文字だけのタイトル行は詰まるので+80/1000空けようとか、調整することが可能になります。この方法では、残念ながら詰まり方・空き方しかコントロールできませんが、サイズの範囲ごとに別のバージョンのフォントを利用できない場合の、次善の策としてトラッキングは有効です。

しかし、上記のトラッキングの有効性が前提としていることは、もともと、文字はプロポーショナルにデザインされていて、字間のスペーシングを均等にするという目的はフォントの段階である程度達成されているということです。だから、一定量詰めたり空けたりしても、常識的な範囲内で設定する限りは、破綻しないのです。

それに対して、日本語の場合は、通常の明朝体やゴシック体でベタで例えば「アシャー館の崩壊」と組んだ場合、「ア」と「シ」、「シ」と「ヤ」、「ヤ」と「ー」、「ー」と「館」、「館」と「の」、「の」と「崩」、「崩」と「壊」との間隔が視覚的に均等になることはありえないのです。「ア」と「シ」の間と、「崩」と「壊」の間とが同じように視覚的に詰まって見えることは絶対にありません。そのため日本語では字間スペースを均等に詰めたり空けたりするトラッキングの方法が常に有効とはならないのです。具体的には、「1歯詰め」をして均等に詰めると、漢字が詰まり過ぎてしまう場合が生じます。しかし、これはプロポーショナルでない日本語のフォントでは当然のことです。では、なぜそういう方法が使われるのかというと、それは、文字組全体をタイトに見せたいという要望と、詰まり過ぎの個所が発生するリスクとのトレードオフをデザイナーが判断して、それでも均等に詰めた方が効果的だと考えればトラッキングが行われることになります。もちろん、個別事例ごとに状況は異なるので、トラッキングが常に日本語では悪い、ということは言えません。ただし、私は「1歯詰め」は一般的に推奨できる方法ではないと思います。

大きな見出しの文字などを詰めることについては、私のドラフトでは、以下のように書きました。「文字と文字との間の空間の分布を視覚的に均等にすることによって、組まれたそれぞれの行の視覚的な一体性あるいは方向性を強調したり、あるいはそれらの行で構成されるパラグラフなどの領域全体が一体感のあるページ内要素として見えるようにすることが、特に字間の空間の不均等が目立つ、比較的大きな文字サイズで組まれる見出しなどの目的で、特に必要とされるようになった。」

ただ、「詰め組」は小さな文字サイズでも、デザイン的に必要と判断されれば、行われます。もちろん、小さな文字サイズでは極端に詰めたりはできないので、スペーシングは極めて微細になります。手動写植機の時代では、グラフィックデザイナーは10Qの文字サイズで印字した印画紙を割り付け用紙に貼って、各文字をカッターで切り刻んで詰めて切り貼りをしました。

比較的小さなサイズで、文字数の多いテキストを「詰め組」にした例としては、『レクイエム ヴェトナム・カンボジア・ラオスの戦場に散った報道カメラマン遺作集』(編集 ホースト・ファース、ティム・ペイジ、1997年、集英社刊)や『文字の博物館』(矢島文夫著、1984年、白水社・モリサワ刊)などがあります。

ポスターや見出しの行などの大きな文字を詰めたくなるのは自然ですが、逆に詰めすぎる傾向も写植の時代にはありました(中吊り広告や写真・グラフ雑誌の目次ページ等で)。ただ、雑誌や商業印刷物などでは、大きな文字は、あくまで視覚的に効果的であることが重要なので、詰めた方が読者の注意が散漫にならないという判断はあったのかもしれません。これを一概に「悪い」と断定することはできないと思います。ここで何が「詰めすぎ」なのかといえば、それは、隣どうしの文字と文字が一体化して見えて、判読がしづらくなり、全体として模様のように見えてしまう場合です。しかし、用途にっては、それもまた視覚的なインパクトを与えるスタイルだと言えなくはありません。

カーニングはあくまで、プロポーショナルのデザインの場合でも、文字と文字との組み合わせによって、字間スペースが不均等になる場合を補正する目的で行われるものです。もちろん、トラッキングとカーニングを併用することは行われます。カーニングはフォントの中の情報を利用して自動的に行う場合と、スペーシングを改善するために手動で行う場合、その両者を併用する場合があるでしょう。

山本





大きなサイズの文字の問題で、私がとても気になっていて、かつここで触れられていないので余計に :) 気になっていることがあります。それは、特にプレゼンなどで上の行と下の行の文字の開始位置がバラバラに見える問題。和文と欧文など異なる書体間はもちろん、同じ書体の和文間でも気になります。これは、書体をまたがったときに問題となる書体固有の左側の空きの問題、同じ書体の中の文字による違いの問題(カーニング的な問題)、の二つに分けられるように思います。

考えてみれば、和文では矩形の中心に文字を置いてデザインするんですから、実際の行頭は仮想ボディの中に組み込まれたデフォルトの空きだけ右にずれるわけですよね。欧文ではどう処理されているんでしょう?

木田



2023/10/04 8:13、Taro Yamamoto <tyamamot@adobe.com<mailto:tyamamot@adobe.com>>のメール:

各位、
昨日原稿ドラフトを送りましたが、それを若干修正しました。以下に記します。山本
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文字サイズの指定方法と指定の基準
文字を印字、印刷または表示する際の大きさ(以後、「文字サイズ」と呼ぶ)は、かつての活字(活字合金を活字母型と鋳型で鋳造して製造される西洋式の活字、以後これを活字と呼ぶ)の場合には、先端に文字の形をした凸状の先端部をもつ活字の胴体(以後、「ボディ」と呼ぶ)の正方形または矩形の断面の寸法の枠の大きさによって指定されてきた。その後、写真植字・デジタルフォントという技術的な変遷を経て、活字の物理的なボディはなくなったが、文字を取り囲む正方形または矩形(以後、仮想ボディと呼ぶ)の大きさを基準に文字サイズを指定する方法に変化はなかった。この方法で指定されるのは、活字の胴体の断面の垂直方向(活字の印字面にある直立の文字図形の鏡像にとっての上下方向)の長さであって、文字図形そのものの大きさではない。そのため、同じ文字サイズを指定した場合でも、書体デザインに依存して、実際の文字の大きさそのものは変化するという問題がこの方法にはある。

この文字サイズの指定方法においては、欧文と日本語のあいだに差異はない。ただし、欧文の場合には、1960年代後半から1980年代前半に、大文字の高さまたは小文字の高さで文字サイズを指定する方法が提案されたことがある(Ernst HochやSéamas Ó Brógáinの提案で、前者の提案は1978年にISO/TC130/WG4 Draft proposal X1: typographic measurement – photocomposition and related techniques– systems and unitsとして起草された)。しかし、この提案は広く受け容れられることはなかった。その提案のように、欧文においては、文字図形の特徴的な部分の寸法を文字サイズとみなして指定する方法を用いることで、書体デザインの差異による大きさの不均等やそれにともなう行間スペースの視覚的不均等の問題はおおむね解消される。しかし、正方形の全角の内部にほとんどの文字がデザインされ、その仮想ボディの上下左右の各辺と仮想ボディの中心を通る垂直または水平線の位置をベースライン(揃えの基準位置)として用いる日本語組版では、その方法を用いることはできない。そのため、日本語組版においては、普通、仮想ボディの断面の正方形(平体や長体の書体などでは矩形)の一辺の長さを基準に文字サイズを計測している。

文字サイズに応じた書体デザインと字間スペースの最適化
活字を鋳造するための母型は、文字デザインの原型をパンチカッター(父型彫刻師)が彫刻して作成した父型を用いて作成された。そして、母型を用いて鋳造する活字は、印章のように物理的な物体であるため、その原型である父型も母型も文字サイズごとに別々に作成する必要があった。その結果、文字サイズごとに文字のデザインは自然に異なったものとなり、それぞれの文字サイズの原寸大で読みやすくしかもデザインの一貫性が保たれるように、文字の形が文字サイズごとに最適化されていた。

その後、父型や母型の製造が機械化されるようになった時点でも、原型となる文字のデザイン(以後、「原字パターン」と呼ぶ)は同じでも、全角の中での大きさ(字面率)を調整するなどして、サイズごとにデザインの最適化のための微調整が行われた。しかし、これは、活字がサイズごとに物理的なボディを必要としたためであり、原字パターンから写真的に作成した文字盤上の文字を光学的に拡大縮小して印字する邦文手動写真植字機や、デジタルフォントに含まれる文字のアウトライン情報を数値計算によって拡大・縮小して印字する電算写植(コンピュータで制御された写真植字機)や今日のデジタルフォントを用いた組版・印字には、あてはまらない。同一の原字パターンを用いそれを拡大・縮小してすべての文字サイズの印字・表示を行うからである。

そのため、今日のデジタルフォントでは、同一の原字パターンから作られたフォントを用いる限り、文字サイズごとの文字の形は、必ずしも常に完璧に最適化されたデザインをもっているわけではない。主にこの問題に対する解決策として、従来、以下の方法が用いられてきた。

a. 想定する使用文字サイズの範囲を決めて、その範囲ごとに、最適化したデザインの異なるフォントを作成し、文字サイズに応じて使い分ける。この方法は、日本語フォントに比較して収録文字数が少なくて済む欧文フォントで主に採用されてきた。次の例はGaramond Premier Proの例で、キャプション、本文、見出しの3つのレンジごとに最適化したデザインのフォントが用意されている。

(印字例)

b. 組版装置あるいは組版ソフトウェアの字送りの最小単位を細密にして、文字を組む段階で微妙に文字の間を空ける、あるいは詰める、ことで書体デザインが作成された時点で想定されていた文字サイズと実際にそのフォントが用いられる文字サイズとが異なる場合に、文字と文字の間の空白(以後、「字間スペース」と呼ぶ)を調整できるようにする。事実、鋳造金属活字の時代には、全角の1/18が字送りの最小単位として用いられたが、写真植字の時代には全角の1/36ユニットや1/54ユニットが用いられ、現代のデジタルフォントでは、字送りの単位としては、全角の1/1000あるいは、1/2048が広く用いられている。そのため、現代のレイアウトソフトウェアには、パラグラフ全体の字間スペースを均等に詰めたり空けたりすることのできる機能(トラッキング)を利用できるものが多い。ただし、この方法で改善できるのは字間スペースだけであって、文字サイズに最適な文字のデザインが利用できるわけではない。それがこの方法の限界といえる。また、後で述べるように、字間を均等に詰めたり空けたりするトラッキングは、スペースの最適化の方法としては日本語組版には適さない。

c. 現在では、OpenTypeフォントにおけるVariable Fontsのように、一つあるいはそれ以上の文字の形の属性に対応した可変軸をもつフォントを用いることで、文字サイズに最適化したデザインの文字を生成して利用可能にする方法がある。単純な例としては、小さな文字サイズに適したデザインを、可変軸の一方の端に位置づけ、大きな文字サイズに適したデザインをもう一方の端に位置づけ、それらの中間の形状を自動的に計算によって生成する方法である。これはVariable Fontsの技術で実現可能である。

d. 書体デザインの段階において、複数の異なるウェイトのフォントから構成されるファミリーをデザインする場合には、通常、太さが細いフォントを本文用、太いフォントを見出し用と想定して、仮想ボディの中での文字の平均的な大きさ、及び明朝体などでの縦画線と横画線の太さの対比(以後、「縦・横画線のコントラスト」と呼ぶ)は、それぞれの画線の太さのバリエーション(以後、「ウェイト」と呼ぶ)ごとに変えて設定される。細いウェイトのフォントでは、文字は相対的に全角ボディに対して小さめに、縦・横画線のコントラストは低く、つまり相対的に横画線の太さは太めにデザインする。他方で、太いウェイトのフォントでは、相対的に全角ボディに対して大きめに、縦・横画線のコントラストは高く、つまり相対的に横画線の太さは細めにデザインする。ここでは、細いウェイトのフォントは小さな文字サイズで使われることが想定され、太いウェイトのフォントは大きな文字サイズで使われることが想定されている。この方法は、想定される文字サイズに応じて書体デザインを最適化する伝統的な方法といえる。

e. 特に見出しにおいては、文字の詰まり方あるいは字間スペースはデザイン上の重要な要素なので、書体デザイナーがフォントの中で設定した詰まり方とは関係なく、それぞれ個々のページレイアウトのデザインに応じて、詰めたり空けたり、必要であれば一文字づつ手で詰めたり空けたりする作業が行われることがある。このことは、最適な字間スペースはレイアウトやデザイン全体と相互に連関し依存していることを示している。

日本語組版における字間調整
活字では、物理的なボディが存在したために、活字と活字の間を詰めて、文字と文字の間をより詰めて組むことは、通常は不可能であった。しかし、写真植字では文字と文字との間を詰めることが可能になった。日本で邦文手動写真植字機が広く用いられるようになると、この写真植字の特長を利用して、特に雑誌、広告、商業印刷物などで、日本語の文字の間隔を詰めて組むことが行われるようになり「詰め組」と呼ばれた。

平仮名の画線の形は自由曲線で構成され、前後の余白の分布は全角のボディの範囲内で均等ではない。文字によって、横組みの場合に、文字の右側あるいは左側あるいはその両方、縦組みの場合には文字の上側と下側あるいはその両方の空間が他の文字に比べてが大きくなる場合がある。片仮名の形も必ずしも左右あるいは上下対称ではないため、文字の左右(あるいは上下)の空間が不均等になる、あるいは他の文字に比べて広くなる場合がある。例えば、横組みの場合の、う、く、し、つ、て、り、ア、イ、ウ、ク、ケ、ソ、ナ、ノ、フ、マ、メ、ヤ、ラ、リ、レ、ワ、ン等、縦組みの場合の、い、し、つ、て、へ、ア、ク、ケ、シ、ス、タ、チ、ツ、テ、ナ、ニ、ヌ、ノ、ハ、ア、フ、ヘ、マ、メ、ヤ、ユ、ル、レ、ワ、ンなどの文字の左右または上下は空白の分布が不均等になったり空き過ぎたり、詰まり過ぎたりする傾向がある。これらの空白の分布の不均等はある程度、書体デザイン段階で、文字のデザインと配置を工夫することによって調整されている。しかし、そのよう書体デザインの段階での調整は、全角ボディをその等幅の字幅のままで組む(以後、「ベタで組む」と呼ぶ)場合において、視覚的に行の進行が妨げられたり、揺らいだりして読みにくくないようにするために行われる。しかし、だからといって、文字と文字との間の空間が視覚的に均等になっているわけではない。

そのために、文字と文字との間の空間の分布を視覚的に均等にすることによって、組まれたそれぞれの行の視覚的な一体性あるいは方向性を強調したり、あるいはそれらの行で構成されるパラグラフなどの領域全体が一体感のあるページ内要素として見えるようにすることが、特に字間の空間の不均等が目立つ、比較的大きな文字サイズで組まれる見出しなどの目的で、特に必要とされるようになった。そして、写真植字の普及によって、字間を詰めることが技術的に可能になると、字間スペースを視覚的に均等にするために「詰め組」が行われるようになり、それが特に明快で統一感のある紙面レイアウトが求められる商業印刷や広告、雑誌などにおいて広く行われた。さらに、邦文手動写真植字機の性能と機能が向上し、また写真植字の組版者の技術が向上することで、パンフレット類や写真集、美術書、雑誌の本文でも「詰め組」が行われるようになった。

また、先に述べた欧文組版におけるトラッキングと同様に、日本語組版においても、字送り量を一定量減らして組む方法が用いられることもあった(これは「1歯詰め」と呼ばれた)。これは、複数ページに渡るような長文のテキストを、ベタで組むよりも詰まって見えるようにするための効率的な方法ではあったが、個々の文字と文字の間の空間を視覚的に均等に見えるよう個別の字間スペースを調整して最適化するのではなく、単純にどの文字の字幅も均等に1歯詰めるのでは、特に漢字のあいだで詰まり過ぎる箇所が発生する。そのため、この「1歯詰め」の方法は、原理的に、ベタで組んだ場合でも文字によって文字と文字との視覚的な詰まり方に変化が生じる日本語組版では行うべきではない。例えば漢字と漢字が並ぶ場合と平仮名と平仮名が並ぶ場合とでは、文字間の空間の量は自然に異なってくるのであるから、それらを均等に詰めることはできないのである。

日本の邦文手動写真植字機を用いて「詰め組」を行う場合の効率向上を図るために、邦文手動写真植字機において現代のフォントに相当する個々の文字盤について、仮名文字だけを収容した文字盤を別に作り、それぞれの仮名文字を全角の仮想ボディの中心に配置するのではなく、横組みの場合には仮想ボディの左辺から、「詰め組」用に用いる左側のサイドベアリング(文字図形の左端から仮想ボディの左端までのマージン)の位置から、文字図形を配置し、その右端から右側のサイドベアリング右に進んだ位置を「詰め組」用の仮想ボディの右端の位置として、仮想ボディの左端からその右端の位置までの距離をその「詰め組」用の文字の字幅となるように各文字を配置することが行われた。個々の文字の字幅の情報は、写真植字機内の不揮発メモリーに格納したり、書体ごとに作成されたカードを光学的に読み取るなどの方法で写真植字機側に供給された。これは、元々全角正方形の仮想ボディの中心に配置されてデザインされた仮名文字を、欧文と同じように、プロポーショナルの文字として取り扱えるようにしたことを意味している。

デジタルフォントが用いられるようになってから以後も、この「仮名詰め」文字盤の基本的な原理は継承され、最終的にはOpenTypeフォントのGSUBテーブルの'palt'と'vpal'の機能として実装されるようになった。この場合、フォントには、全角の仮想ボディの中心に配置された通常の仮名文字について、別のプロポーショナルの仮想ボディを仮定し、そのプロポーショナルの仮想ボディと全角ボディとの位置の差分の情報が収録される。必要に応じて、明示的に利用者が「仮名詰め」と同様の組み方を指定した場合にだけ、レイアウトソフトウェアはその情報を参照して、それぞれの文字を疑似的に欧文と同様のプロポーショナルの文字として組むのである。この方法によって、フォントを切り替えることなく、「仮名詰め」の組み方を実現すると同時に、「仮名詰め」の指定のないデフォルトの状態においては、全角の仮想ボディに基づいてベタで組むことが可能となっている。
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Received on Wednesday, 4 October 2023 01:21:31 UTC