- From: Taro Yamamoto <tyamamot@adobe.com>
- Date: Tue, 3 Oct 2023 10:46:16 +0000
- To: Kobayashi Toshi <binn@k.email.ne.jp>, 木田泰夫 <kida@mac.com>
- CC: Makoto MURATA <eb2m-mrt@asahi-net.or.jp>, JLReq TF 日本語 <public-i18n-japanese@w3.org>
木田 様、小林 様 先のメールで、 > 大きな文字サイズの文字字間の問題ですが,以下の山本さんのコメントを元に,山本さんにまとめてもらい,Jlreq-dのどこかに入れるということは考えられませんか? と書かれていたので、以下に私の文案を記します。 ----- 文字サイズの指定方法と指定の基準 文字を印字、印刷または表示する際の大きさ(以後文字サイズと呼ぶ)は、かつての活字(活字合金を活字母型と鋳型で鋳造して製造される西洋式の活字、以後これを活字と呼ぶ)の場合には、先端に文字の形をした凸状の先端部をもつ活字の胴体(ボディ)の正方形または矩形の断面の寸法の枠の大きさによって指定されてきた。その後、写真植字(写植)・デジタルフォントという技術的な変遷を経て、活字の物理的なボディはなくなったが、文字を取り囲む正方形または矩形(仮想ボディ)の大きさを基準に文字サイズを指定する方法に変化はなかった。この方法で指定されるのは、活字の胴体の断面の垂直方向(活字の印字面にある直立の文字図形の鏡像にとっての上下方向)の長さであって、文字図形そのものの大きさではない。そのため、同じ文字サイズを指定した場合でも、書体デザインに依存して、実際の文字の大きさそのものは変化するという問題がこの方法にはある。 この文字サイズの指定方法においては、欧文と日本語のあいだに差異はない。ただし、欧文の場合には、1960–70年代に、大文字の高さまたは小文字の高さで文字サイズを指定する方法が提案されたことがある(Ernst HochやSéamas Ó Brógáinの提案)。しかし、この提案は広く受け容れられることはなかった。その提案のように、欧文においては、文字図形の特徴的な部分の寸法を文字サイズとみなして指定する方法を用いることで、書体デザインの差異による大きさの不均等やそれにともなう行間スペースの視覚的不均等の問題はおおむね解消される。しかし、正方形の全角の内部にほとんどの文字がデザインされ、その仮想ボディの上下左右の各辺と仮想ボディの中心を通る垂直または水平線の位置をベースライン(揃えの基準位置)として用いる日本語組版では、その方法を用いることはできない。そのため、日本語組版においては、普通、仮想ボディの断面の正方形(平体や長体の書体などでは矩形)の一辺の長さを基準に文字サイズを計測している。 文字サイズに応じた書体デザインまたは字間スペースの最適化 鋳造金属活字が用いられていた時代には、活字を鋳造するための母型は、文字デザインの原型を手でパンチカッター(父型彫刻師)が彫刻して作成した父型を用いて作成された。そして、母型を用いて鋳造する活字は、印章のように物理的な物体であるため、その原型である父型も母型も文字サイズごとに別々に作成する必要があった。その結果、文字サイズごとに文字のデザインは自然に異なったものとなり、それぞれの文字サイズの原寸大で読みやすくしかもデザインの一貫性が保たれるように、文字の形が文字サイズごとに最適化されていた。 その後、父型や母型の製造が機械化されるようになった時点でも、原型となる文字のデザイン(原字パターン)は同じでも、全角の中での大きさ(字面率)を調整するなどして、サイズごとにデザインの最適化のための微調整が行われた。しかし、これは、活字がサイズごとに物理的なボディを必要としたためであり、原字パターンから写真的に作成した文字盤上の文字を光学的に拡大縮小して印字する邦文手動写植機や、デジタルフォントに含まれる文字のアウトライン情報を数値計算によって拡大・縮小して印字する電算写植や今日のデジタルフォントを用いた組版・印字には、あてはまらない。同一の原字パターンを用いそれを拡大・縮小してすべての文字サイズの印字・表示を行うからである。 そのため、今日のデジタルフォントでは、同一の原字パターンから作られたフォントを用いる限り、文字サイズごとの文字の形は、必ずしも常に完璧に最適化されたデザインをもっているわけではない。主にこの問題に対する解決策として、従来、以下の方法が用いられてきた。 a. 想定する使用文字サイズの範囲を決めて、その範囲ごとに、最適化したデザインの異なるフォントを作成し、文字サイズに応じて使い分ける。この方法は、日本語フォントに比較して収録文字数が少なくて済む欧文フォントで主に採用されてきた。次の例はGaramond Premier Proの例で、キャプション、本文、見出しの3つのレンジごとに最適化したデザインのフォントが用意されている。 (印字例) b. 組版装置あるいは組版ソフトウェアの字送りの最小単位を細密にして、文字を組む段階で微妙に文字の間を空ける、あるいは詰める、ことで書体デザインが作成された時点で想定されていた文字サイズと実際にそのフォントが用いられる文字サイズとが異なる場合に、文字と文字の間の空白(以後字間スペースと呼ぶ)を調整できるようにする。事実、鋳造金属活字の時代には、全角の1/18が字送りの最小単位として用いられたが、写真植字の時代には全角の1/36ユニットや1/54ユニットが用いられ、現代のデジタルフォントでは、字送りの単位としては、全角の1/1000あるいは、1/2048が多く用いられている。そのため、現代のレイアウトソフトウェアには、パラグラフ全体の字間スペースを均等に詰めたり空けたりすることのできる機能(トラッキング)を利用できるものが多い。ただし、この方法で改善できるのは字間スペースだけであって、文字サイズに最適な文字のデザインが利用できるわけではない。それがこの方法の限界といえる。また、後で述べるように、字間を均等に詰めたり空けたりする方法は、スペースの最適化の方法としては日本語組版には適さない。 c. 現在では、OpenTypeフォントで実装が可能になっている Variable Fontsのように一つあるいはそれ以上の文字の形の属性に対応した可変軸をもつフォントを用いることで、文字サイズに最適化したデザインの文字を生成して利用可能にする方法がある。単純な例としては、小さな文字サイズに適したデザインを、可変軸の一方の端に位置づけ、大きな文字サイズに適したデザインをもう一方の端に位置づけ、それらの中間の形状を自動的に計算によって生成する方法が考えられ、これはVariable Fontsの技術で実現可能である。 d. 書体デザインの段階において、複数の異なるウェイトのフォントから構成されるファミリーをデザインする場合には、通常、太さが細いフォントを本文用、太いフォントを見出し用と想定して、仮想ボディの中での文字の平均的な大きさ、及び明朝体などでの縦画線と横画線の太さの対比(コントラスト)は、それぞれの画線の太さのバリエーション(以後ウェイトと呼ぶ)ごとに変えて設定される。細いウェイトのフォントでは、文字は相対的に全角ボディに対して小さめに、縦画線と横画線の太さの対比(コントラスト)は低く、つまり相対的に横画線の太さは太めにデザインする。他方で、太いウェイトのフォントでは、相対的に全角ボディに対して大きめに、縦画線と横画線の太さの対比(コントラスト)は高く、つまり相対的に横画線の太さは細めにデザインする。ここでは、細いウェイトのフォントは小さな文字サイズで使われることが想定され、太いウェイトのフォントは大きな文字サイズで使われることが想定されている。この方法は、想定される文字サイズに応じて書体デザインを最適化する伝統的な方法といえる。 e. 特に見出しにおいては、文字の詰まり方あるいは字間スペースはデザイン上の重要な要素なので、書体デザイナーがフォントの中で設定した詰まり方とは関係なく、それぞれ個々のページレイアウトのデザインに応じて、詰めたり空けたり、必要であれば一文字づつ手で詰めたり空けたりする作業が行われることがある。このことは、最適な字間スペースはレイアウトやデザイン全体と相互に連関し依存していることを示している。 日本語組版における字間調整 活字では、物理的なボディが存在したために、活字と活字の間を詰めて、文字と文字の間をより詰めて組むことは、通常は不可能であった。しかし、写真植字では文字と文字との間を詰めることが可能になった。日本で邦文手動写植機が広く用いられるようになると、この写真植字の特長を利用して、特に雑誌、広告、商業印刷物などで、日本語の文字の間隔を詰めて組むことが行われるようになり「詰め組」と呼ばれた。 平仮名の画線の形は自由曲線で構成され、前後の余白の分布は全角のボディの範囲内で均等ではない。文字によって、横組みの場合に、文字の右側あるいは左側あるいはその両方、縦組みの場合には文字の上側と下側あるいはその両方の空間が他の文字に比べてが大きくなる場合がある。片仮名の形も必ずしも左右あるいは上下対称ではないため、文字の左右(あるいは上下)の空間が不均等になる、あるいは他の文字に比べて広くなる場合がある。例えば、横組みの場合の、う、く、し、つ、て、り、ア、イ、ウ、ク、ケ、ソ、ナ、ノ、フ、マ、メ、ヤ、ラ、リ、レ、ワ、ン等、縦組みの場合の、い、し、つ、て、へ、ア、ク、ケ、シ、ス、タ、チ、ツ、テ、ナ、ニ、ヌ、ノ、ハ、ア、フ、ヘ、マ、メ、ヤ、ユ、ル、レ、ワ、ンなどの文字の左右または上下は空白の分布が不均等になったり空き過ぎたり、詰まり過ぎたりする傾向がある。これらの空白の分布の不均等はある程度、書体デザイン段階で、文字のデザインと配置を工夫することによって調整されている。しかし、そのよう書体デザインの段階での調整は、全角ボディをその等幅の字幅のままで組む(ベタ組の)場合において、視覚的に行の進行が妨げられたり、揺らいだりして読みにくくないようにするために行われる。しかし、だからといって、文字と文字との間の空間が視覚的に均等になっているわけではない。 そのために、文字と文字との間の空間の分布を視覚的に均等にすることによって、組まれたそれぞれの行の視覚的な一体性あるいは方向性を強調したり、あるいはそれらの行で構成されるパラグラフなどの領域全体が一体感のあるページ内要素として見えるようにすることが、特に字間の空間の不均等が目立つ、比較的大きな文字サイズで組まれる見出しなどの目的で、特に必要とされるようになった。そして、写真植字の普及によって、字間を詰めることが技術的に可能になると、字間スペースを視覚的に均等にするために「詰め組」が行われるようになり、それが特に明快で統一感のある紙面レイアウトが求められる商業印刷や広告、雑誌などにおいて広く行われた。さらに、邦文手動写植機の性能と機能が向上し、また写真植字の組版者の技術が向上することで、パンフレット類や写真集、美術書、雑誌の本文でも「詰め組」が行われるようになった。 また、字送り量を一定量減らして組む方法が用いられることもあった(これは「1歯詰め」と呼ばれた)。これは、複数ページに渡るような長文のテキストを、等幅でベタで組むよりも詰まって見えるようにするための効率的な方法ではあったが、個々の文字と文字の間の空間を視覚的に均等に見えるよう個別の字間スペースを調整して最適化するのではなく、単純にどの文字の字幅も均等に1歯詰めるのでは、特に漢字のあいだで詰まり過ぎる箇所が発生する。そのため、この「1歯詰め」の方法は、原理的に、字幅を等幅でベタで組んだ場合でも文字によって文字と文字との視覚的な詰まり方に変化が生じる日本語組版では行うべきではない。例えば漢字と漢字が並ぶ場合と平仮名と平仮名が並ぶ場合とでは、文字間の空間の量は自然に異なってくるのであるから、それらを均等に詰めることはできないのである。 日本の邦文手動写植機を用いて「詰め組」を行う場合の効率向上を図るために、邦文手動写植機において現代のフォントに相当する個々の文字盤について、仮名文字だけを収容した文字盤を別に作り、それぞれの仮名文字を全角の仮想ボディの中心に配置するのではなく、横組みの場合には仮想ボディの左辺から、「詰め組」用に用いる左側のサイドベアリング(文字図形の左端から仮想ボディの左端までのマージン)の位置から、文字図形を配置し、その右端から右側のサイドベアリング右に進んだ位置を「詰め組」用の仮想ボディの右端の位置として、仮想ボディの左端からその右端の位置までの距離をその「詰め組」用の文字の字幅となるように各文字を配置することが行われた。個々の文字の字幅の情報は、写植機内の不揮発メモリーに格納したり、書体ごとに作成されたカードを光学的に読み取るなどの方法で写植機側に供給された。これは、元々全角正方形の仮想ボディの中心に配置されてデザインされた仮名文字を、欧文と同じように、プロポーショナルの文字として取り扱えるようにしたことを意味している。 デジタルフォントが用いられるようになってから以後も、この「仮名詰め」文字盤の基本的な原理は継承され、最終的にはOpenTypeフォントのGSUBテーブルの'palt'と'vpal'の機能として実装されるようになった。この場合、フォントには、全角の仮想ボディの中心に配置された通常の仮名文字について、別のプロポーショナルの仮想ボディを仮定し、そのプロポーショナルの仮想ボディと全角ボディとの位置の差分の情報が収録される。必要に応じて、明示的に利用者が「仮名詰め」と同様の組み方を指定した場合にだけ、レイアウトソフトウェアはその情報を参照して、それぞれのグリフを疑似的に欧文と同様のプロポーショナルのグリフとして組むのである。この方法によって、フォントを切り替えることなく、「仮名詰め」の組み方を実現すると同時に、「仮名詰め」の指定のないデフォルトの状態においては、全角の仮想ボディに基づいて全角等幅で文字を組む(ベタで組む)ことを可能にしている。 ---- 20231003 Taro Yamamoto ---- 山本太郎 アドビ -----Original Message----- From: Kobayashi Toshi <binn@k.email.ne.jp> Sent: Thursday, September 7, 2023 11:58 AM To: Taro Yamamoto <tyamamot@adobe.com>; 木田泰夫 <kida@mac.com> Cc: Makoto MURATA <eb2m-mrt@asahi-net.or.jp>; JLReq TF 日本語 <public-i18n-japanese@w3.org> Subject: RE: 行長は全角の整数倍であらねばならないか EXTERNAL: Use caution when clicking on links or opening attachments. 木田 様 山本 様 みなさま 小林 敏 です. 木田さん 大きな文字サイズの文字字間の問題ですが,以下の山本さんのコメントを元に,山本さんにまとめてもらい,Jlreq-dのどこかに入れるということは考えられませんか? 山本さん,お願いいたします. Taro Yamamoto さんwrote >(さらにコメントを追加します)。 >小林さんが書かれたように、パンチカッター(父型彫刻師)が父型を彫刻していた時 >代、またはそれと同様にパントグラフの原理を利用したベントン彫刻機を使わずに母 >型を作成するためのデザインの原型を手で彫って作成していた時代においては、各文 >字サイズごとにデザインが異なっていて、原寸大の大きさで読みやすくしかもデザイ >ンの一貫性が保たれるように、文字の形がサイズごとに最適化されていました(もち >ろんこの出来不出来はその職人の技量とセンスに依存したわけですが)。また、その >後、父型や母型の製造が機械化されるようになった時点でも、基となる文字のデザイ >ン(原字パターン)は同じでも全角の中での大きさ(字面率)を調整するなどして、 >サイズごとに微調整が行われました。しかし、これらのことはサイズごとに活字を製 >造する必要があるためで、光学的に原字から作成した文字盤上の文字を拡大縮小する >手動写植機やデジタルフォントを用いる電算写植やDTPにはあてはまりません。同じ原 >字パターンを拡大縮小するだからです。これまで、この問題に対する解決策として、 >次の方法が用いられてきました。 > >a. 想定する印字サイズのレンジを決めて、それらのレンジごとに、最適化したデザイ >ンを作成して、異なるフォントを作成して、用途に応じて使い分ける。これは欧文フ >ォントで行われてきました。次の例はGaramond Premier Proの例で、キャプション、 >本文、見出しの3つのレンジごとに最適化したデザインのフォントを用意しています。 >https://flic.kr/p/2p1ixPs > >b. 字幅の送り機構の最小単位を細かくして、文字を組む段階で微妙に文字の間を空け >たり詰めたりして、書体デザインが作成された時に想定されしていた印字サイズと実 >際の印字サイズが異なる場合に、字間のスペーシングを調整できるようにします。こ >のことは欧文の字幅の送りユニットが1/18 EMからどんどん細かく指定できるようにな >っていった歴史が示しています。また、送り機構の最小単位を十分に細かくすること >によって、対象とする装置とは異なるユニットでデザインされたデザインを移植する >際にも、誤差を最小化できます。現代のデジタルフォントでは全角あたり1000ユニッ >トか2048ユニットが多いですが、さらに大きなユニット数を採用することも可能です。 >InDesignなどでは、トラッキングの機能を使って字間の全体的な調整を行うことがで >きます。日本語組版でも、いわゆる写植時代に「1歯詰め」と呼ばれたように、字送り >量を1歯減らして、均等に詰める方法が、商業印刷物などに用いられました。(ただし、 >この方法は推奨できません。単純に1歯詰めるだけだと、日本語のフォントは通常プロ >ポーショナルでないため、特に漢字のあいだで詰まり過ぎる箇所が発生してしまうた >めです。ただ、一見よりタイトに見える版面が得られるのでグラフィックデザイナー >が多用しました。) > >c. 現在では、 Variable Fontsのように可変軸をもつフォントを用いることで、印字 >サイズに最適化したデザインのインスタンスを生成して利用可能にする方法が考えら >れます。 > >d. これは日本語のフォントにも言えることですが、太さが細いフォントは本文用、太 >いフォントは見出し用を想定して、ウェイト(太さごとに)仮想ボディの中でどれぐ >らいの大きさでデザインするか、及び明朝体などでの縦画線と横画線の太さの対比 >(コントラスト)を変えています。これは書体のデザインの段階で一般的に広く行わ >れていますが、これも印字サイズに書体デザインを最適化する一つの方法といえます。 > >e. 特に見出しにおいては、文字の詰まり方とスペーシングはデザイン上の重要な要素 >なので、書体デザイナーがフォントの中で設定した詰まり方とは関係なく、それぞれ >個々のデザインに応じて、詰めたり空けたり、必要であれば一文字づつ手で詰めたり >空けたりする作業が行われます。このことは、最適なスペーシングはレイアウトやデ >ザイン全体と相互に連関し依存しているということを示しています。 > >つまり、この問題については、書体をデザインする際に対処できることと、それを組 >む側が対処できることがあると考えられます。 > >山本太郎
Received on Tuesday, 3 October 2023 10:46:29 UTC